8.15

ちょっと長い文章になります。

 

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終戦記念日に、SNSにこの絵をあげた。

 

最初はSNSに載せるための目的で
描いたわけではなくて、
72年前に神風特攻隊の任務で命をなくした
穴澤利夫さんという方への弔いの気持ちを
込めて描きたいと思い立ったからだった。

 


なかなかおおっぴろげに言いづらいけど
私は昔から第二次世界大戦の時代に
深い関心を持っていて、
そのきっかけをくれたのが
この穴澤利夫さんだった。

 


今から12年前、まだ中学3年生のとき。

深夜にたまたまついてたテレビで
ドキュメント番組が放送されていて
それが神風特攻隊についての特集だった。


婚約者と結婚する直前に出撃命令が出て
特攻で命を失ってしまった穴澤さんの事を
その番組で初めて知った。

 


近代史は受験にほとんど出ない部分だから
学校でも塾でも本当にうっすらとしか
習っていなかったので

「神風特攻隊」というものを具体的に
知ったのもこれが初めてに近かった。

 


戦争が終わってもなお、
穴澤さんへの想いを大事に秘めながら
遺品の軍服を抱きしめて
涙する婚約者の智恵子さんを見て

頭から雷が落ちたみたいな
衝撃を受けたのを覚えてる。

 

それまで、戦争ってものは
今の自分の平和な暮らしとは
あまりにかけ離れすぎていて、
いまいち現実味が湧かなかった。
まるで他人事のように考えていた。

 

でも、この番組を見たときに
考え方がまるっと変わった。


自分とさほど年齢も変わらない男女が
普通に恋をして、普通にお付き合いして
やっと夫婦として結ばれるってなった時に
抵抗できない大きな力に無理やり引き離されて、
絶望的な結末になると悟ったときに


こんな遺書を書けるのか、と
当時の私にものすごく衝撃を走らせた。


それからというもの、
毎週末になると図書館に行って
借りられる上限の10冊分
戦争関連の本を借りまくり、読み漁った。


その番組のテレビ局に、
婚約者である智恵子さんに
手紙を送りたいから住所を知りたいと
問い合わせたけど個人情報なのでダメだった。


それならどうしてもあの時テレビで見た
番組がもう一度見たいと思い探し回ったけど
動画がどこにも上がっていなかった。

 

なので私はインターネットで
個人で運営されてるっぽい
神風特攻隊のサイトを見つけて
その掲示板にこれを書き込んだ。

 

(なんと当時の私の書き込みが
まだ残ってた!笑)

 

(麦子っていうのは私の当時のハンドルネーム)

 

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所々文章がおかしいのは見逃してほしい。笑


この掲示板は、内容も内容だからか
年配の方が圧倒的に多くて
私が「中学3年生です」と書き込んだら
ものすごい勢いでレスポンスが来たことも
よく覚えてる。笑

 

そして、みんなとても親切に
私の考えや質問を聞いてくれた。

こんなに若い人が関心を持ってくれて
とても嬉しい、と。


その中の福島県に住む40代の方が、
あの番組をDVDにダビングして送ってくれた。


今思えば未成年の女の子が、
ネットで知り合っただいぶ年上の男性に
住所をみすみす教えるなんて
危ない!と思うけど
(もちろん親には言ってなかった)
あの時代でよかったなと思う。笑

あの時代はそこまで
この点に危険視されてなかった気がする。
(わたしの危機管理能力が
甘かっただけかもしれないけども 笑)

そして親切に送ってくれたその方にとても感謝してる。


送ってくれたDVDを
擦り切れるほど何回も見て、
そのたび自分の中で
もっともっと戦争を知りたいと思った。

 

ブログやSNSを匿名でしてるわけじゃないから
いろんな考えが持たれてる戦争のことで
自分の意見を強く主張するつもりはないんだけど

 

わたしの気持ちはただひとつで、

 

ただただこの歴史を風化させたくなくて
色々自分の中で理解を深めたい、
もっと知りたい、勉強したいと思う10年間だった。

 

私ひとりが戦争を知ることでも
絶対に何か意味があると思ったから、
とにかく知る努力、忘れない努力をした。

 

すごく不謹慎でふざけた話に
聞こえるかもしれないのだけど

 

今まで戦争や自然災害で
何万人死んだって言葉を読んでも、
いまいちその数にぴんとこなかった。

 

だけど今、自分のインスタグラムを
フォローしてくれてるひとが
5万人もいるようになって、
ようやくその
100人、1000人、1万人って人間の数の
重みというか、ひとつひとつの数字が
すごくリアルに感じられるようになった。


と同時に、改めて
この戦争で亡くなった人間の数が
どれだけとんでもない数だったのか
気が遠くなるような思いになった。


ひとつの国のしたことって単位で考えたら
「あの国が先に攻撃したから」とか
「復讐してやったんだ!」とか
「あんなことしたあっちが悪い」とか
立場によって色々な見方が出てくると思うけど


その国の中にいた権力を持たない人たちは
抵抗できないほどの大きい力によって
動かされたり、死んでいったりしたんだと考えると
苦しくて苦しくて、仕方なくなる。


これからも私は戦争について
もっと知らないといけないと思うし
忘れちゃいけないことだと思い続ける。

 

悲しいとか可哀想って気持ちとは
また違う感覚。

胸が痛くなるし、目の奥が熱くなる感じ。
言葉にうまくできなくて、
もどかしいんだけど、、、うーん。

 


友達や周りの人たちに、戦争に対して
一方的に語りまくるのも引かれるかなと思って
あんまり言わないようにしてたけど


絵や漫画を沢山の人に見てもらう機会が増えて、
しかもそれが若い人たちが圧倒的に多いから

これは伝えるべきなんじゃないか?と思って
今回インスタに投稿してみた。


他にもたくさんの読んでほしい遺書や
伝えたい事もあったけど、
初めに私の心を突き動かした穴澤さんのことを書いた。


今まで恋愛漫画や女の子っぽい絵を載せてきたのに
いきなり戦争関連のことなんて投稿したら
引かれるんじゃないかなとか
不安だったけど、勇気を出してみた。


そしたら、想像してなかった
たくさんの反応が来た。

 

平和を尊く大切に思う人の言葉や、
戦争の経験をされた家族がいる方のエピソードもあった。


そして中に、
この投稿で穴澤さんの遺書を知り、読みました。
教えてくれてありがとうございます。
というものも沢山あった。

 

もうそれだけで、なんだか胸いっぱいになって
泣きそうになってしまった。
というか泣いた。笑


ダイレクトメッセージも沢山きて、
15〜6歳くらいの女の子から
この投稿を見なかったらきっとずっと知ろうとなんて思わなかった。
初めてこんな気持ちで終戦記念日を過ごします。
という言葉をもらった。

 

なんだか、それを読んだ時に
この絵を描いてほんっっっとうによかったと
頭の先からつまさきまで
この気持ちで満たされたんだよね。

 

自分の好きなものを語ったりするのが好きで
それを伝えるための一手段として
自分が唯一できることの
絵や漫画をいつも使ってたんだけど

 

こんなに、こうしてよかったと思ったことは
今までになかったと思う。

 

誰かひとりでも、
12年前のわたしみたいに衝撃を受けてくれて
今ある平和の尊さとか
過去にあった戦争の悲惨さを
知ってくれたらと思って投稿したものに
こんなに反応をもらって、

何人も、初めて知った!と言ってもらえて。


自分にとって
とても意味のあることができたと思った。


今年はそんな終戦記念日だった。


戦争の経験をした人は
年々どんどん少なくなってるし

中には辛い記憶を思い出したくなくて
多くを語りたがらない人もいる。


何かをしなくてもいいし
戦争に対してそれぞれ異なった考えを
持つことは全然いい事だと思うけど

 

そのものを知るってこと自体に
意味があるんだとわたしは思うから

沢山の人に伝わっていったらいいなと思う。


いつかわたしが、
もっともっと知識も技術も身につけて
自分の納得いくくらい絵が上手くなったら
戦争の漫画も描いてみたいなと思う。


そんなことを思った、
2017年の8月15日でした。

 

投稿を見てくれた人に感謝です。

 

もしよかったら是非、穴澤利夫さんの遺書や他の特攻隊員の遺書に読んでみてほしいな。


あーーーすんごい長くなっちゃった!!!
終わりです。

 

ミツコ